抱擁

抱擁




寒い。それもそうだ。

横たわる私の身体は、降り積もった雪に埋もるように倒れている。それで寒くなければ、余程神経が麻痺しているか、海豹のように皮下脂肪が豊富に蓄えられているかのどちらかだろう。

幸いにも私の神経は恐らく人並みだろうし、皮下脂肪も海豹ほど有り余ってはいない。

雪の敷布団から起き上がろうと身体を動かそうにも、まるで自分の身体ではないかのように言うことを聞かず、身動きが全く取れない。

極寒の大地でこのような状態に陥れば、容赦なく私の魂を冥府へと誘ってしまうだろう。

だが、死の要因は別のところにあった。

震える手を何とか動かして、腹部に触れる。すると暖かく、ぬめりがある液体の感触が掌に伝わってきた。それを確かめようと、自分の目の前に持ってくる。

掌を濡らす液体は、赤黒い液体――血だった。

身に纏う防弾着を物ともせずに鉛弾は食い破り、私の身体に死に瀕する傷を与えたのである。

生命の源である赤い雫は私の身体から止め処なく流れ、死を確かなものへとする。

遠くから聞こえるのは、鳴り止まない銃声、怒号、そして断末魔。戦場には、既に死で埋め尽くされていた。

隣国の脅威から祖国を、愛する者を守るために自ら徴兵に志願し、訓練を積んだ。

敵兵を殺す術を鬼の形相をした上官から叩き込まれ、死が渦巻く戦場へと飛び出した。

三名ほど、射殺した。その誰もが苦悶と怨嗟に顔を歪めて、私を見ていたような気がする。

彼らの恨みが叶ったように、自分が殺される番が来た。絶叫し、痛みに悶絶して逝った彼らに比べれば、遥かに良い死に方だろう。

瞼を閉じてもいないのに、視界に黒が広がりつつある。死が迫っているのだ。

そんな闇の帳が下りようする中で思い起こされるのは、愛すべき妻のこと。涙を湛えた彼女を抱き締め、生還を約束した。偽りとなってしまったのが、唯一の心残りだ。

しかし、私にとって最も大事な思いさえも、今ではどうでもよくなってしまう。凍えそうになる寒さも、死に至る痛みさえも。死とは、それほどの引力があった。

そして遂に、私は死を迎えた。

灰色の空から舞い降りる、白き死神に抱擁されながら。